オンガクカンキョウソウゾウカ?

興味を持ったら躊躇なく飛び込む
社会に出て分かった「音環」という環境
プロジェクト5出身 2007年入学 聞谷洋子さん
現・株式会社ジンジャー

好奇心旺盛で、色々な人の話を聞くのが昔から好きだったという聞谷洋子さん。今はものづくりの現場で忙しく働く毎日。仕事が一段落したばかりだという彼女に、音楽環境創造科での学生時代や現在の仕事について聞いた。

映像制作を仕事に

――今どこで働いているんですか?

映像制作会社で働いてます。新しい会社で、私も最近入ったばかりです。今は、主に大手のゲーム会社がクライアントで、テレビCMやプロモーション映像を作ることが多いです。間に広告代理店を通さずに、企画から自分たちで考えています。社員が少ない小さなところなので、色んなことをやらせてもらってますね。一昨日、テレビCMの撮影が一つちょうど終わったばかりです。

――聞谷さんは具体的にどんなお仕事をしているんですか?

プロダクションマネージャーとして制作業務を行っています。クライアントの要望を聞いてディレクターに発注したり、スケジュールとか予算の管理ですね。すごく働きやすくて、相性がいい会社です。

タンザニアと音環受験

――ご出身はどちらですか?

私、実家は静岡なんですけど、生まれはタンザニアで、9歳まで住んでいました。音環の入試の自己表現でもネタにしましたね。

――タンザニア!どこでしたっけ…

アフリカ大陸にキリマンジャロっていう山があって、ケニアと国境を分けてる国がタンザニアです。そこの海辺の町で生まれました。

――どうして芸大の音環を志望したんですか?

うーん…あんまり覚えてなくて…(笑) 何を志して入ったのかも全然覚えてないんですよね。面白そうな学校だなとは思っていて、空間と音楽との関係性に漠然と興味がありました。大学に入ったら入ったで、色んな授業を取ってどんどん興味が分散していったんですけど。

――音楽経験はあったんですか?

音楽理論的なものは全然分かっていなかったですけど、小学生のときに吹奏楽部に入ってたのと、高校生のときに弦楽合奏部でコントラバスを弾いていました。楽典とかは全部見よう見まねでやっていました。

でも、今は入試では音楽理論が必須科目ですよね?私が受験した頃は、音楽に関しては筆記試験は無くて、代わりにピアノの旋律を1フレーズ聞いてそれを耳コピして歌うくらいの試験しかなかったです。だから、音楽理論が苦手な人もいっぱいいましたよ。

――入試の面接ではどんなアピールをしたんですか?

「自己表現」って言葉を突き詰めて考えた時に、当時の自分を、自分のルーツのタンザニアとつなげられたらいいんじゃないかなって思いました。タンザニアの民族楽器を自分で録音した音源と一緒に即興演奏して、民族衣装としてカンガっていう布を巻いて、タンザニア原産のクローブっていうスパイスの香りを撒き散らす、っていうパフォーマンスをしました。熊倉先生に「それは魔術ですか?」って言われたことをすごい覚えてます(笑)

自由を感じたプロ5

――聞谷さんはプロ5(プロジェクト5)の出身だということですが、ずっとプロ5に所属していたんですか?

いいえ、1年生の頃は最初にプロ1にいて、2年生頃からプロ5に移りました。移った理由は今となってはあんまり覚えてないんですけど…。当時はきっとすごく悩んでいたと思うんですけど、自分は作曲をしていく人間ではないのかなと感じ始めたことと、プロ5だともっと色んな所に出入りできそうだなと思ったからですかね。私自身も、プロ5が何をしている所かよく分かっていなかったんですけど、毛利先生の授業を受けてから面白そうだなとは思っていました。私より上の世代のプロ5の先輩はメディアアートをやっている人が多くて、それに興味があったっていうのもありますね。

――学生時代はどんなことをしていましたか?

授業以外だと、プロ4が主に関わっていた「アトレウス家」っていう劇場外演劇に関わらせてもらったり、そのつてでアートスペースのスタッフをしたりしていました。

プロジェクトの授業では、地方のアートプロジェクトに行った時に作品を出させてもらったりしましたね。興味があった映像や写真で作品を作っていました。

あと、食事や料理をテーマにした作品も作ったりしていましたね。「写真とケーキは似ている」っていうことを扱った作品を作ったり。もともと料理はホームパーティをするのが好きで、その時に料理を出していたら、「イベントでも出さない?」って先輩に誘っていただいて。それで、先輩のコンサートでケータリングをやったりしてました。そこから、ケータリングのイベントに参加したり、さっき言った「アトレウス家」に料理を扱う企画があったので、そこに入れてもらったりしてました。

音環で映像と出会う

――映像制作会社にお勤めだということですが、映像制作はずっとやっていたんですか?

大学に入るまでやったことがなかったです。入学してから、映像制作の授業を取ったり、先輩に教えてもらったりして勉強し始めました。

――どうして興味を持つようになったんですか?

周りにメディアアートをやっている人が多かったからですかね。プロ5の先輩とか。あと、私が音環にいた頃はプロジェクト21っていうのがあって、そこでビジュアルアーツをやっている友人を見て面白そうだなと思ったのもあったし、先端芸術表現科の友達とも関わりを持つうちに、だんだん興味が出てきたという感じですね。大学に入ったことによって視野が広がったというか、知らない世界が飛び込んできた感じです。

――私も音環で視野が広がりました。でも、先生が積極的に何かを教えてくれるわけではないし、自由な反面、厳しい環境だなと思うこともあります。

逆にそれによって今助かっていることがあって。音環って、自由がきく分、学生が能動的にならざるを得ない部分ってあると思うんですよ。自分が面白いと思うところに躊躇なくすぐに飛び込める環境だったので、そういう行動力は身に付いたと思います。悪く言えば、フラフラしてるってことなんでしょうけど(笑)。

――音環にいて良かったことはありますか?

いろんな人と知り合えたことですかね。今でも同期の友人と集まったりしています。

あと、テレビCMの撮影の時に、音環の同期の友人に音楽制作をお願いしたり、大学の講師の先生のつてでやっていたバイト関係の振り付け師の方にお仕事を依頼したりということがありました。仕事につながっています。入社して2ヶ月半でまさか自分の友達と仕事ができるとは思ってなかったですけど。学生時代の交友関係が思いがけないところでつながって、ということがありますね。私は大学内で大きなことを成し遂げたわけではないですけど、学校にいたことでいろんなつながりができましたね。

一緒に仕事するしないに関わらずに、すごい魅力的な人が集まってる場所だと思うし、単純に話していて面白かったから、そのつながりを大事にしたいです。

――音環って客観的にみてどんな場所なんでしょうね?

ね。でも、毎年少しずつ変わっていっているとは思いますね。私がいた頃はちょうどキャンパスが取手から北千住に移る転換期で、取手の空気感を持った人と、千住で新しく入ってきた人が入り交じっている時期だったので、すごく面白かったですよ。私の世代から、1年生からずっと千住校地でした。

卒業してから思うのは、音環の子はわりと能動的に動ける人が多いのではないかなということですね。瞬発力があるというか。私も、上司に「何にでも興味持つよね。受け身にならないよね。」って言われて。それは別に自分で意識していたわけではないんですけど。そういう力は身に付くんじゃないのかなと思います。

――音環で楽しかった授業はありますか?

長島確先生の「脚本読解演習」は、後にアトレウス家に関わるきっかけになったので印象に残ってますね。

あと、音環じゃないですけど、写真センターの「写真表現演習」はすごく頑張って受けてました。

それと、今はもう無い授業だと思うんですけど、「映画史」はすごい好きでした。映画を観る時のものの考え方についての結構ハードな授業だったんですけど、すごく考えさせられる授業で、一回一回授業を受けるたびに映画を観る視点が変わる体験をしましたね。すごく楽しかったです。

仕事は人だから

――どうして映像制作の会社を選んだんですか?

ものを作る環境の近くにいたかったのはありますね。それがアート業界ではなく広告業界であったとしても。広告って分かりにくいものや曖昧なものを許容するのは難しいから、どうしても分かりやすさとか伝わりやすさが大事と言われるんですけど…。そういう違いはありますけどね。

私は、作品作ったりしてましたけど、毛利先生にはずっと「自信の無い感じが出てる」って言われてて…。自分のやっていることに自信が持てなかった部分がありました。多分、アーティストというものに対して自分の中ですごい憧れがあって、ものを作っている人に対して魅力を感じてるんだと思います。

大学の後に、写真の専門学校に行ったりしてたんですけど、急に「このままで生きていけるのかな?」って不安になったんです。就活も全然してなかったし、ふわふわ生きてたので。それで、急に仕事探さなきゃって思って。

仕事を選ぶ時に、自立できるならどんな仕事でもいいかなって思っていた時期もあったんですけど、やっぱり何かを作る現場に携わるとか、そういう環境の近くにいることに執着があったみたいで、今の会社を見つけてダメもとで応募したら採用していただきました。面接の時には、学生の時にプロの4友人の舞台の記録映像とかも撮っていたので、それを自分で編集したものを見せたりしました。

今はものを作る環境にいられているので楽しいです。もしかしたら、そのうち物足りないって思うようになるかもしれないんですけど(笑)。

――お仕事をする上で心がけていることはありますか?

クライアントや、自分たちが仕事をお願いしているスタッフの方たちと、いかに良い関係を作れるかということはすごく気を付けてます。やっぱり気持ちよく仕事したいじゃないですか。新人なので怒られることもいっぱいあるんですけど、次にまた一緒に仕事したいと思ってもらえるように、連絡をまめにするとか、色々教えてもらうとか、コミュニケーションをちゃんと取るように気を付けてます。

昔から人の話を聞くのが好きなんですよね。カメラさんとか、照明さんとか、メイクさんとか、それぞれの専門分野のお話を聞くのがすごく面白いです。いろんな分野の話を聞くのが好きで、そのスタンスは学生の頃から変わってないですね。

今の職場の先輩も言っているんですけど、「結局、仕事は人だから。人からしか仕事は来ないし、良いものがつくれるかどうかは人の相性にもよるから。」って話をされてて。そういう意味では、私は今の職場とはすごく相性が良いと思ってますね。

最近思うのは、思いやりって大事だなっていうことですね。企画書一つ書くにしても、自分だけがわかる言葉じゃ全然伝わらないし、ちゃんと相手に伝わるようにって意識するだけで、書き方も変わってくると思いますね。他の人が作った資料を見ていると、この人の資料には思いやりがあるなって感じたりするので。映像を作るにしても、色んな分野の人が集まって作るじゃないですか。その時に、自分たちの業界だけで分かる言葉で話していたら、それは全然コミュニケーションがとれていないってことなので、お互いが分かる共通の言葉で話せるようになることがすごい大事だと思ってて。

その環境は音環も一緒ですよね。よく「言語化しろ」って言われるじゃないですか。

――はい。音環の先生方はよく言いますよね。

異なる分野を専門に学ぶ人が集まっている音環の環境を経験したことは、今の仕事に対する考え方ともどこかつながっているのかなって思います。

あと、好奇心は常にあった方がいいと思いますね。楽しいって思って仕事をするのと、やらされてるって思って仕事をするのとでは全然違うと思うので。「これやっといて」って言われて、それを確実に仕上げるのも仕事の一つのやり方だと思うけど、自分で仕事を見つけて人を動かす方が私は楽しいです。それは偉くなりたいとかいう意味ではなくて、この人とこの人が合うんじゃないかって思って、それを実際に組み合わせてみたら上手く化学反応を起こした時って、すごく喜びを感じると思うんです。そういうものを見てみたいと思っている時点で、私はプロデューサーを目指しているのかな、って少し感じますね。まだよく分からないですけど。

熊倉先生や毛利先生が「あなたたちは人に動かされる側じゃなくて、人を動かす側になりなさい。」って3年前くらいの研究発表会か何かの講評で言っていたのを覚えてます。

――これからの目標や展望はありますか?

仕事を始めた当初と変わり始めてます。最初は、ゆくゆくは自分で映像のディレクションができるようになって、ディレクターとして、パフォーマンスをする人と作品をつくれたらいいなと思っていたんですけど、今は、生み出されたものをどう展開していくかの道筋を考えることにも関心がありますね。

仕事をする中で、クライアントとディレクターの間に入って、いかに映像のクオリティを落とさずに、クライアントの言うことを実現できるかということを考える場面があって、そういうことができるプロデューサー的な仕事にも興味が出始めてきました。自分で手を動かすというよりも、この企画にはこの人とこの人を組み合わせたら相乗効果で面白くなるんじゃないか、というようなことまで考えられるようになりたいですね。ただ作って終わりじゃなくて、その先の展開まで考えられるような仕事ができればいいなって思ってます。

学生のうちにいっぱい失敗してみたら良いと思います

――今の音環生や音環受験生に向けて一言お願いします。

ある程度は専門性を持った方が良いと思う一方で、広くいろんな世界を見ておくべきかなと思います。いろんなことを体験できる機会は学生時代以外に無いと思うので。社会に出たら、その道のプロとして働かなきゃいけないから、ちょっと違う事を試してみたい、って思ってもそれが簡単にはできなくなると思うんですよ。だから、少しでも面白そうだと思ったら、どんどんやってみたら良いと思います。

ちょっとした引っかかりに対してパッと動けるようなフットワークがあると良いと思いますね。学生のうちだったら、自分に合わないなと思ったら道を変えられて、じゃあ自分は何が好きなんだろうって突き詰められるし。学生のうちにいっぱい失敗してみたら良いと思います。 (了 2013年12月)

 

[目次]

当サイトの著作権は各記事のインタビューイ・作成者にありますが、TwitterやFacebookで情報を共有していただけるとうれしいです。
Twitter ID: @onkantecho_2013

音環手帖