オンガクカンキョウソウゾウカ?

瀬戸内に魅せられて
アートと社会の接点を見つめる
プロジェクト2出身 2003年入学 金廣有希子さん
現・ベネッセアートサイト直島 公益財団法人 福武財団 アートマネジメント部門

学生時代からアートプロジェクトの企画運営に深く携わり、卒業後もベネッセアートサイト直島の現場で精力的に働いていらっしゃる金廣有希子さん。学生時代の経験が現在の仕事にどのように繋がっているのでしょうか。

ベネッセアートサイト直島での仕事

――早速ですが現在のお仕事について教えてください

 ベネッセアートサイト直島(以下BASN。(株)ベネッセホールディングスと(公財)福武財団が、瀬戸内海の直島、豊島、犬島で展開するアート活動の総称。美術館やアート作品の企画・運営を通して過疎地域の活性化を図る)で働いています。福武財団のアートマネジメント部門で、アート作品の制作管理を担当しています。瀬戸内の環境や歴史、文化に即して作品を制作してくれるアーティストを選定し、アーティストや自治体、地元の方々と一緒に作品を作るプロセスを管理しています。

――アーティストを選ぶところから行うのでしょうか。

はい。アートマネジメント部門のメンバーで「こんなアーティストがいた」と共有しながら、作品制作やパフォーマンス等を依頼する候補者を絞っていきます。最終的には財団の理事長である福武總一郎が決定します。

――作品はどちらかというとハード系(モノとしての作品を作るタイプ)でしょうか? それともワークショップ系のものですか?

BASNではまずハードとしての作品の完成度や強さが求められますね。ですが住民の方々のご理解や参加があってのことで、そのための説明会や仕組み作りにも注力しています。直島では島の方々がご自宅の庭を綺麗にして通りから見えるようにしたり、犬島では島の方が美術館のカフェで働いてくださっていて、地のものを生かしたメニューを開発されています。そうした波及効果があってこそ島全体としての魅力が増していくと考えています。

――プロジェクト2(以下プロ2)を出てすぐに福武財団に就職されたのですか?

そうです。プロ2にいたときからBASNのことは知っていました。私は岡山県出身なのですが、直島でのアート活動を知ったのは東京に出て来てからでしたね。

プロ2にいたときは取手アートプロジェクト(以下TAP)(*1)に関わっていたのですが、当時BASNのアーティスティックディレクターだった秋元雄史さん(現金沢21世紀美術館館長)がTAP2004の公募展参加アーティストの審査にいらっしゃって、お話しする機会がありました。その時にBASNでボランティアをやってみたらとお誘いいただいて、大学3年と4年の夏にお手伝いに行ったことが就職のきっかけになりました。

――今の就職先の他に進路の候補はありましたか?

もちろん色々と調べましたが、やはり瀬戸内が地元ということは大きかったし、瀬戸内の自然、歴史、文化など元々あるものを生かしてアートを制作・波及させていきながら、次の時代のライフスタイルというか、瀬戸内らしい生き方を追求するというBASNの方針に惹かれて、最終的に直島に決めました。

さまざまな人と関わった学生時代

――音環に入ろうと思った理由を教えていただけますか。

もともと音楽大学でピアノを専攻していたのですが、単に演奏技術を高めたり、曲を作ることに疑問をもったんです。コンテンツそのもののレベルを上げることは大切だけど、普及していく仕組みが脆弱なんじゃないかと感じました。音楽も含めて、芸術が今の時代に即して社会的に機能するにはどうしたらいいか学びたくて音環に入学しました。

――どのような学生生活でしたか?

私は結構まじめで頑張り屋な方でしたね(笑)。音環は多種多様な人たちがいて、そういう人たちと夜な夜な集まって喋っていたことは楽しかったし、今の自分の価値観形成にすごく影響を与えていると思います。

美術学部の友人や先輩と「デリバリーアート」っていう企画もやりました。学生の絵を一般のお宅でレンタルしてもらったり、使われなくなったピアノがあるお宅で出張コンサートを開催したり。テレビや新聞にも載ったんですけど、依頼が増えて応じる中で、はて、何がやりたかったんだろうって自分の中で目的が曖昧になってしまって、学業に専念することにしました(苦笑)。

プロジェクト2の活動――取手アートプロジェクト

――TAPでの活動はどうでしたか?

TAPはすごく充実していましたね。大学とはまったく違う環境で。私は2003年から2007年までプロ2の学生として関わっていましたが、最初は市民スタッフの方々からは殆ど相手にされませんでした。月1回発行するニュースレターを任されたのですが、作ったものに対して「こんなのTAPのデザインじゃない」って一蹴されたり。そんな中で市民スタッフの皆さんが「イベントに来てくれたお客さんにアンケートをとりたいけど忙しくて出来ない」とこぼされていたので、代わりにアンケート企画を実施してお客さんの感想を集めたんです。そしたら「ありがとう!」って言ってもらえて、嬉しかった。それから話していただけるようになりましたね。

――小山田徹さんとの企画もあったそうですね

2年次にTAP2004でアーティストの小山田徹(*2)さんの担当をさせていただきました。取手市内を舞台に何をするか、小山田さんと、市民の方と私で市内を散歩する中で取手競輪場に足を運びました。市民の方から一時期よりは入場者が減っていること、競輪場のある市だけどイメージアップを図りたいといった話を伺って、小山田さんから「スピードで勝負するのではなく、自転車をこいで発電した光の美しさ、輝きの風情を競い合ったらどうか」というアイディアをもらいました。最終的に市内の小学校の体育館で「取手蛍輪〜自転車脚力発電輝きレース〜」(*3)を開催して、市内外から参加した10チームが、人力発電で輝くオリジナルの自転車で走行しました。

レース前の2週間は小学校近くの商店街に「ピット」という場所をオープンして、小山田さんが自転車作りのアドバイスをしていたのですが、居心地が良かったのか、いつの間にかレースの出場者や地元の方々、子供たちの溜まり場になっていました。

自分の立ち返る場所としての学生時代

――やはり学生時代にそういう企画をやったり、まちの人と関わったりしたのは今の仕事に繋がっているのでしょうか?

かなり繋がっていますね。アートってすぐに役に立つか分からないじゃないですか。医療で病気が治るみたいな明確な効果は見えにくい。でも一人一人の人生をすごく豊かにすると思うんです。実は学生の頃はアートって何の役に立つんだろうって懐疑的でした。でも社会人になって自分で収入を得て生活すると、生きていくのがすごく大変だって実感する。忙しさで心が荒んで人間らしさを失っている気がすることもあります(苦笑)。そういう時に作品を観ると自分がどう感じるかが問われる。アートは分かりにくいと言われることもあるけど、観る側が感じたり考えたりしないと成立しない。アートは人間の奥底にある感性を引き出してくれるメディアだと思います。

取手蛍輪もそうでしたが、明確な目的を設定しているわけではないので、参加者それぞれが色々な目的で関わられていました。孫と一緒にレースに出たいとか、蛍輪が取手市の冠イベントになったらいいとか、単に人力発電に興味があるとか、ピットで誰かと話ができればいいという人など。色々な関わり方ができるんですね。それぞれの主体性がそれぞれのやり方で発揮される。アートの本質ってそういうところにあるんじゃないでしょうか。

何で今の仕事をやっているんだろうって思うこともありますが、そういう大学時代の経験は迷った時にいつも立ち返る場所になっています。

――今後もずっと直島で仕事をしていこうと考えていらっしゃいますか?

しばらくはいると思います(笑)。瀬戸内ってすごく良いところで、ここにしかない場所だと思っているし、誇りを持って「来てください」と言える場所で働くことができているのはありがたいことですよね。

音環のメリット・デメリット

――音環という特殊な環境で学生生活を過ごしたメリットを教えていただけますか?

プロ2は特にそうですが、現場で実践できることじゃないでしょうか。遊ぶ暇はあまり無かったけど、その分色々な人と深く付き合えたと思います。熊倉先生もそうですが周りの人には人生を変えるような言葉をかけてもらいましたね。

音環生はやっていることがバラバラだったのも面白かったです。音大の頃は周囲とピアノで競い合っていましたが、音環には自分が考えもしなかった表現手段を持っている人もいるし、すごく頭が良くて洞察力に優れた人もいる。自分がどんなに頑張っても勝てない人っているんだなって分かりました(笑)。そんな born to be an artist に囲まれて、自分はそういう人たちと社会とのつなぎ手が向いてるんだろうなって、立ち位置もはっきりしましたね。

――逆に音環で学生生活を過ごしたデメリットを上げるとしたら何でしょうか。

デメリットと言うと語弊はありますが、私の場合は学生生活の7割ぐらいがTAPだったので、TAPのアート=一般的なアートだと思っていた節はありますね。もちろん他の施設や多様な作品を観てはいましたが、TAPでのやり方が自分の中であまりにも大きくて、就職してからそのやり方を一旦脇に置いておくという作業が大変でした。立ち返る場所にもなるのですが、その存在が大きかったので違う場所に行ったときが大変でした。

――具体的にはどのような違いがありますか?

一番大きかったのはアートプロジェクトへの住民の関わり方ですね。TAPでは作品の制作過程から意思決定まであらゆる段階に市民が関わるので、衝突したり膨大な時間がかかることもある分、市民の方々に「自分たちがプロジェクトを担っている」という意識があって、ひいてはそれがプロジェクトの舞台である街への愛着や自治意識と繋がっていた点が面白かったです。

BASNの場合、作品はあくまでもプロフェッショナルのチームが制作します。プロセスにまったく関わっていなくても、観る人が完成した作品に圧倒されるようなクオリティがまず求められます。

求められるポイントが異なるという点に、自分を適応させることに最初は苦労しましたね。

受験生・在校生へ

――どういう人に音環に入ってきてほしいと思いますか?

既成の枠にとらわれない人や新しいことに挑戦したい人にとっては音環は向いているんじゃないでしょうか。いつか後輩の皆さんと仕事をしてみたいです。

――最後に、学生に対するアドバイスをお願いします。

就職したら大変なことも多いですが、学生時代の友人には救われることが多いです。お互いにバックボーンを共有しているので多くを話さなくても理解し合えるし、情報交換もできます。卒業したら会う機会も減りますが、「あの人も頑張ってる」と思うと精神的な支えになりますよ。 (了 2013年12月)

 

*1 取手アートプロジェクト 1999年より市民と取手市、東京芸術大学の三者が共同でおこなっているアートプロジェクト。

*2 小山田徹 美術家。1961年生。84年、大学在学中に友人たちとパフォーマンスグループ「ダムタイプ」を結成(現在小山田は活動休止中)。ダムタイプの活動と平行して90年から、さまざまな共有空間の開発を始め、コミュニティセンター「アートスケープ」「ウィークエンドカフェ」「コモンカフェ」「祈る人屋台」「カラス板屋」などの企画をおこなうほか、コミュニティカフェである「Bazaar Cafe」の立ち上げに参加。日本洞窟学会会員。京都市立芸術大学美術科准教授。

*3 取手蛍輪〜自転車脚力発電輝きレース〜 第一回は2004年にTAP主催で実施された。2006年には第二回が有志市民で開催され、以降毎年継続されている。

 

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