オンガクカンキョウソウゾウカ?

地域とアートプロジェクトと私
谷中でのアートプロジェクトから見えた新たな道
プロジェクト2 学部4年 Y. K. さん

プロジェクト2にて谷中界隈を中心にアートプロジェクトを展開していた笠原由宇さん。谷中でプロジェクトを進めるために、その地域を理解し企画を考える。このプロセスで彼女が学んだ多くのことを訊いていこう。

アートマネジメントとの出会い

――では早速、音楽環境創造科を受験しようと思ったのはいつでしたか?

私は同学科を知ったのが高校3年生の夏でした。その時は他の大学を志望していたんですけど、そこまで自分にしっくりくる大学でも無くて。同学科に興味を持ち始めました。その時、受験ガイド本で藝大に演奏技術がなくても受験できる学科があることを知って、私でも受けられるかもと興味を持ちました。

――特に同学科の受験のために準備や対策をしていたことはありますか?

センター試験に重きを置いていたので、センター試験が終わってから2次試験の小論文や自己表現の準備を始めました。特に変わったことはしていないと思うけど、自己表現での話し方は結構練習しました。

――自己表現では何を行なったんですか?

私は自分でアートイベントの企画を練り、プレゼンテーションをしました。地元の様々な人がコンサートで定期的に集まることを目的にして、「満月の夜には、お寺のコンサートへ行こう」という内容の企画書とポスターをつくりました。今考えると、コンサートではなくても良かったかな。実際に満月の夜に何かイベントをするというのは実在するらしいです。

――自己表現の時から既に面白い企画を作られていたことからも、受験をするときからアートマネジメントに興味を持っていたのですね。

うん、そうですね。元を辿ると、高校生の時に所属していた合唱部での経験が大きいと思います。私は部活にすごく熱心だったんです。そこで、私はみんなと歌うことが好きであると同時に、その雰囲気が好きなんだと気づきました。そのような雰囲気を作る人になりたいなーと当時漠然と思っていました。後で考えると、部活のみんなと一緒に居るのが好きだったから音楽でなくても良かったかもしれないんですけどね。

――合唱以外に音楽はなにかやられていましたか。

中1までヤマハでエレクトーンを習っていましたが中学は吹奏楽部でサックスを吹いていました。

教室ではなく現場で学ぶ

――笠原さんはプロジェクト2に入って谷中のプロジェクト(*1)で活動されていましたが、普段はどんな活動なんですか?

「谷中のおかって」(*2)という社団法人が運営しているアートプロジェクトの運営に関わっていました。「はっち」という拠点で毎週火曜日にミーティングをしたり、火曜日以外にもイベント直前には谷中に泊まり込みの勢いで準備をしたり。

――現場中心のプロジェクトですが、自分のやりたいこととギャップはありませんでしたか?

私は結構やりたいことが谷中で出来たと思う。プロジェクト2に入る前と活動をしてみた後でギャップはあまり感じなかったです。敢えて言うなら、お金のことかな。制作費とかを考えるようになって、私のやりたい企画はこんなにお金がかかるのかー!みたいな(笑)

――なるほど、ほとんどギャップ無くごく自然にプロジェクトに溶け込んでいたんですね。谷中でプロジェクトを進める上で気づいたこととか、自身の考えが変わったことはありますか?

さっきも言ったけど、予算立てすることで金銭感覚が大事だと気づかされたし、あとはマネジメントの動きが現場での信用を作っていることは様々な場面で痛感しました。

――プロジェクトを進めていく中で意見がぶつかることは無かったですか?

谷中のプロジェクトでは外から入ってくる人たちを歓迎していて、その人たちのアイディアや自主性を大切にしているので、面白くて個性の強い人は多かったですが、そういう状況はあまりなかったです。私自身はアイディアを出す発端になるのではなく、その面白い人たちに乗っかっちゃおうというスタンスでプロジェクトに臨んでいました。

――すごいチームワークですね。アートイベントは1人では出来ないからチームワークが大切になりますよね。

そうなんですよ。自分のやりたいって思いだけでは出来ない。谷中のように地域でイベントを開催する場合、地域との関係性を考えなければならないし。谷中にはお寺や小道、墓地など情緒溢れる風景があるのでそれらに見合う企画を膨らませていく想像力や交渉力が必要になります。あとは、地域でアートイベントをやろうとしても必要性を考えなければ実現は難しいというのがプロジェクトを進める中で痛感したことですね。

――谷中の地域に合うイベントの1つである、「谷中妄想カフェ」(*3)のマネジメントを行なわれていましたが、何か工夫した点などはありますか。2011年に各メディアで取り上げられたり、チケットが売り切れる日が出るくらい大盛況でしたね。

「谷中妄想カフェ」は毎週末、すごく特別というよりもささやかなものが続いていく感じでした。今考えると、入試のときの企画にもつながっていたと思います。でも当時はとにかくがむしゃらで(笑)。とりあえず出演者とお客さんを集めるためにいろんなところに声を掛けてました。

――提灯を持ってナビゲーターと夜の谷中を散歩するというのはすごく斬新ですよね。

提灯を使おうと思ったのは、去年が節電に励まなければいけなかったこともきっかけの一つなんです。

でも意外にまちの街灯って明るいんですよ。、真っ暗闇のまちで企画をやってみたいんだけどね。

――ルートはどうやって決めたんですか?

何回も谷中をロケーションして、一番谷中の魅力が溢れてる道を選びました。

――地域でのアートプロジェクトにとって地域の方の声はとてもダイレクトに伝わってきますよね。谷中に住んでいる方は谷中でのアートプロジェクトに寛容的ですか?

一概には言えないけど、アートプロジェクトを拒みもしないし、すごく食いつくわけでもないで気がしています。でも長年やっていく中で一緒に飲みにいける町内会の人や地元の友だちができたり、妄想カフェで毎週話しかけてくれる人がいる場面なんかがでてきている。そういうのがアートプロジェクトの醍醐味ですね。

アートプロジェクトから見えてきた展望

――すでに就職が決まられたそうですね、おめでとうございます。入学した時から将来のことは考えていましたか?

ありがとうございます。実は全く考えていなかったんです。せっかく藝大に行けたんだから、大学院もいった方がいいかなと漠然と思っていたくらい。

――そうなんですか。では就職を考え始めたのはいつ頃からでしたか?

大学3年の夏です。アート界でで自活をしていけるのか不安で、藝大を辞めて資格を取れる学校に行った方がいいのかと悩んだ時期もあって。でもアートプロジェクトの現場で動くことはとてもやりがいがあったので、ずっと楽しかったので、そのやりがいを大切にすればいいなと思ったときからです。

――どんな職種にされたんですか?

プロダクションマネージャーという、CM制作職です。企画実現のためのプロセスに私はやりがいを感じてたので、結果つくられるものがアートであるこだわりはなくていいなと思い始めて。いろんな人と関われる制作職でシュウカツしていました。

――貴重なお話、ありがとうございました。 (了 2012年7月)

 

*1 谷中でのプロジェクト—プロジェクト2は東京藝術大学上野校舎からほど近い谷中界隈を拠点に「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」というプロジェクトでさまざまなアートプロジェクトを展開している。東京アートポイント計画として東京都と東京都歴史文化財団と共に続けている「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」。http://www.bh-project.jp/artpoint/program/area2011/guruyami2011-01.html プログラムは次の5つ。1)拠点形成事業「はっち」、2)こども創作教室「ぐるぐるミックス」、3)きむらとしろうじんじんの「野点」、4)「谷中妄想カフェ」、5)「谷中妄想ツァー!!〜おしゃれ〜」

*2 社団法人「谷中のおかって」とは、多種多様な文化企画を通じて地域内外の人が行き交う場を作り、そこを拠点に、地域の特性にあった文化企画の開発や、それを継続的に運営していける仕組み作り・人材育成に取り組んでいます。

*3 「谷中妄想カフェ」とは*1でも紹介されている通り「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」のひとつ。2011年の7月〜9月の毎週末に、カヤバ珈琲店から提灯を持ってファシリテーターと谷中を巡る。道中に出会う不思議な人や、さりげない仕掛け、これらの景色は現実なのか妄想なのか。参加型アートアートプログラム。

 

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