オンガクカンキョウソウゾウカ?

ほんとは先端に入りたかった
受験のときはカセットテープに
〈戦争反対〉って書いて再生しました(笑)
プロジェクト5 学部4年 H. I. さん

日本最南端からやってきたカルスタ系女子は実は幼いころから多くの国をまたにかけてきた国際派でした! 多くの世界を見てきた彼女は普段何を考え、行動しているのか? その秘密に迫る。

ほんとは先端に入りたかった

――じゃあ、まずどうして音環に入ろうとしたのかっていうのを教えていただけませんか?

入学前からジャーナリズムに興味があって、DAYS JAPANの広川隆一(*1)と筑紫哲也が好きでした。ドキュメンタリーの映画監督になりたくて芸大に入ったんです。もともとは、学部は映像を勉強できる別な大学の学部に行って、大学院で横浜(映像研究科)に入ろうって思ってたんだけど、そういう(映像を勉強できる)とこって学部の学費がすごく高いんですよ。だから学部は先端と音環どっちかにしようってことになったんだけど、先端はポートフォリオ出さなきゃいけなかったから、やめて音環にしました。本当は先端にはいりたかったんです。

――なるほど。ところで、沖縄出身ということでですけれど、それ以前にもいろんな国にすんでいたとか?

そうですね。すごく短い間だけ住んでいたところも合わせると、10ヶ国ぐらいです。長く住んでいたところは、マレーシア、カナダ、オーストラリア。お父さんが外国の子供たちに教える学校の先生をやっているんですよ。

――なかなかいませんよね、そういう体験したことある人。一番印象に残ってる国ってどこですか?

一番長く住んでいたのでマレーシアですね。お父さんはいろいろ飛び回ってますけど、一応は日本の公務員なので、あっちの物価に換算するとものすごい給料なんですよ。だからいわゆるセレブな生活が出来たんです。でも、そのときボランティアに行ってみて、エイズに罹ってたり貧困に喘いでたりする子どもたちと関わりを持って、格差っていうものを思い知らされましたね。漠然とですけれど社会について考え始めたのはその頃からですね。

――当時中学生くらいですよね?

そうだね、13〜4歳かな。なんだかんだ言ってもさ、エイズの子どもたちがものすごくたくさんいて、みたいなことは日本じゃ今のところあり得ない訳じゃないですか。そういう社会の暗部を見れたりしたってのは良い経験になりましたね。

カセットテープに"戦争反対"(笑)

――ちなみに音楽経験はどんな感じですか?

中学生のときからJpopが好きで、高校は日本で軽音部だったので、それくらいのことは出来ますね。あと、沖縄民謡は習ってました。

――ピアノとかはやってたの?

ピアノは、ヤマハ音楽教室に2歳〜7歳まで通ってました。7歳からエレクトーンを習いはじめて、それがジャスコの中にあったのでしょっちゅう脱走して、何回も迷子放送されて…(笑)「弾けないー!」って言って本屋に行ってました。

――受験のときの自己表現は何をしたんですか?

写真作品ですね。『沖縄そばと米軍基地のフェンスをコラージュした私』っていうコンテンポラリーなもの。そうすると沖縄の社会問題とか背負ってるこの人を落としたらまずいだろって方向性にもっていった。

――じゃあ、とりあえず音環受けようと思って写真とって、プレゼンして…

なんかでも、そのときのことで今言っても面白いんだけど、一応、音楽環境創造科だから、音つけないんじゃいけないんじゃないかって悩みがあって、戦闘機の音をカセットテープで録音して、そのカセットテープに"戦争反対"って書いて再生した(笑)

――カセットテープ自体に?

そう(笑)すごいコンテポラリーな作品になってよかった。全く根拠がない。カセットテープの録音の再生をカチャってやったときの亀川先生の反応がすごくて(笑)あと、データを提出するみたいなときに、フロッピーディスクでだしたんです。なんでこれにしたのかすごい理由があるんじゃないか、って言われたけど、それしかなかっただけ。先生たちに「こういうメディアに疎い人間を落とすのはまずいんじゃないか?差別になるんじゃないか?」みたいな感じにして受からせたんですよね。

アクティビズムフォビア(*2)は嫌いです

――プロジェクト5では何をしてるんですか?

最近は時期的にかなり真剣に卒論について考えてます。まだ書き始めていないのでちゃんとしたことは言えないですけど、とりあえず今のところ考えていることは、ライブハウスで自分が働いていた記録をつけようかな、と。私、新大久保にあるライブハウスで働いてるんですけど、そこってやってるライブってパンク・ハードコア系で、場所としてはかなりカウンターカルチャー寄りなところなんですよ。で、そういった日本のカウンターカルチャーってのは今まで外国のカバーでファッションに近かったんだけど、それが震災以降に徐々に変化してきて、生活に根付きはじめてて……具体的に言うと原発やめろデモとかね。そういった活動を自分から起こしてる人たちが私のライブハウスでは多かったのでそこから書き出そうかなって。でも、私が一番言いたいことって、そういうデモとかの活動についてすぐに嫌悪感を示そうとするアクティビズムフォビアが嫌いだってことなんだけど、まあそれは長くなるから良いとして、日常で音楽をやっている人たちが震災以後の原発云々をどういった形で考えて表現しているかっていうのを一つのライブハウスに的を絞って観察するのは単純におもしろいかなって感じですね。あ、質問て何だっけ?

――プロ5って何してるのっていう……

ああ(笑)まあ、みんな興味関心がある分野って本当いろいろだし、そのアプローチの仕方とかもバラバラだから何とも言いがたいけど、普段のゼミは輪読とかしてます。ベンヤミンとかマルクスとか。一応、カルチュラルスタディーズを勉強してるってことになってますが……文化研究というものはいったいどういうものなのか、っていう勉強。私はまだ研究者じゃないから……そこが矛盾なんだよね、プロ5は。研究領域を学問として提示する段階を間違ってる。カルチュラルスタディーズを勉強してますって「頭痛が痛いです」っていうような感じなんですよ。だから、カルチュラルスタディーズっていうのをこれを読んでる子たちにわかりやすく伝えると、「文化の研究をしてます」って感じかな?あと、毎週火曜日の活動とは別に、シンポジウムを企画したり、ここ2年くらいは前橋映像祭のお手伝いとかしてます。

――じゃあ、普段の授業はなにをとってるか教えてくれませんか?

今年は、英語とワークショップ論と、集中講義でリズムとフィールドワーク。少なめです。卒論も書かなきゃいけないので。

――じゃあ、単位は結構順調にとってきたんですね?

いや、毎年同じくらいだよ。ただ、今年はちょっと少なめ。

――ちょっと気になったんですけど、リズムとフィールドワークってどんなことするんですか?

わかんない(笑)みんなで外にでて太鼓たたいたりするんじゃない?

――そっか。集中講義でおもしろかったのってある?実は私まだ取ったことがなくて…

うーん、今までとったのは社会学と宗教学と地域活性化システム論と……でも、地域活性化システム論が一番面白かった。おすすめです。 

1、2年は経験を積もう!

――学外の活動ってどんなことをしてましたか?特に1年生のときのこととか聞いておきたいんだけど。

1年生のときはギャラリーでインターンをしながら、横浜トリエンナーレ(*3)のスタッフをしながら、まあ奴隷をしてましたね。1、2年は経験を積もう!搾取されて、その経験が後からものを言うようになるから。そして搾取する側に廻るにはどうしたら良いのかって言うのを考える。大丈夫?これすごく性格悪い人みたいじゃない?

――大丈夫です。多分……。ちなみに進路はどうするつもりですか?

進路は大学院に行きます。音楽と食文化について研究しようかな、と。やっぱ文化として成立するのは人間の生活に根ざした何かだとおもうんだよね。

――えっと、じゃあ、最後にこれを読んでる音環に入りたい高校生の方々にメッセージをお願いしたいんですけど…

え、メッセージ?うーん……入学しちゃったらなんとか転がると思うので、とりあえず入るためにセンターガンバ! (了 2012年7月)

 

*1 株式会社デイズジャパンが発行しているフォトジャーナリズム誌。広川隆一はその編集長。

*2 政治的な運動への恐怖症

*3 横浜市で3年に1度開催される現代美術の国際展覧会。

 

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