オンガクカンキョウソウゾウカ?

音環受験したこと忘れてた
おばあちゃんがくれる定期代を使い込んで
高校へはチャリで通学してました
プロジェクト5 学部2年 S. Y. さん

青森県弘前市から志低めに上京。現在、先端芸術学科の彼女と同棲しながら、学内では毛利ゼミでポストモダンのカルチャーについて勉強する。そんな音環随一のファッショニスタの素顔に迫る!

音環での毎日

――所属しているプロジェクトについて教えてください。

今はプロジェクト5に所属しています。プロジェクト5では「20歳くらいのときに古典をたくさん読んでおいた方がいい」という毛利先生の価値観に基づいて、だいたい1ヶ月に1冊くらいのペースで古典を読んでます。いままで読んだのはベンヤミン、アドルノ、フロイトで、今は『共産党宣言』を読んでます。プロジェクトでは、発表担当者が担当箇所の内容をまとめてプレゼンし、その後ゼミ生でディスカッションする形式で、内容の理解を深めています。テキストは毛利先生が指定してくれますが、ある程度ゼミ生の意見も反映されます。ただ、プロジェクト5では具体的に研究の方向性を定められていないので、個別の研究テーマを見つけるのが大変です。いまは興味をもって研究出来るテーマを探しているところです。

――Yくんはプロジェクト5の活動以外に岩井成昭先生のゼミにも所属されていますが、活動の内容はどのようなものですか。

岩井先生のゼミは正式には「視覚表現ラボ」といって、活動の頻度は1ヶ月に1度、木曜の午後13時から、毎回5、6時間程度で、今年は4名参加しています。毎月のテーマに沿ってそれぞれが課題を制作し、ゼミの時間は主に作品の講評が中心です。結構ハードにお互いの作品について叩き合います(笑)。今回のテーマは、店や、病院、警察など、なんでもいいんですけど、接客商売をしている所に行って、芸術的なお願いをして、芸術的な行動をさせて、それを記録するっていう課題なんですが、記録する媒体も定められてないし、毎回テーマは抽象的なものが多いので、アプローチは全員違いますね。僕は服が好きなので、服をテーマに作品を作っていこうと思っています。

――去年のアートパスではきゃりーぱみゅぱみゅや6%DOKIDOKI(*1)などについてプレゼンされてましたが。

原宿の「カワイイ」文化というか、毒々しいビビットカラーを着たり、ちょっと奇抜な服を組み合わせて着たりっていうのは、日本独特だなあと感じたので、そういう「カワイイ」文化を商品として発信している6%DOKIDOKIと、「カワイイ」文化の享受者の象徴として、きゃりーぱみゅぱみゅを例に挙げてプレゼンしました。ぱみゅぱみゅは高校のときにスナップで見て、「かわいいなあ」と思って、それからずっと好きだったんですよ。その時はまだ全然メディアに露出してなくて、そういうところも好きだったけど、最近は歌手活動中心になって、メディアにもどんどん出てきて、それからはあんまり興味なくなっちゃった(笑)。でもぱみゅぱみゅ界隈の文化というか、あんまり便宜的に括るのは好きではないんですがいわゆる「青文字系」の文化には興味があるし、そういう雑誌を読むのは今も好きですよ。

ファッションについて

――服に興味を持つようになったきっかけはなんですか?

服にお金を使いだしたのは中学のときからですね。そのとき野球部だったんですけど、部活ほとんど行ってなくて。そういう部活動よりも「お金が欲しい」と思って新聞配達のバイトをするようになったんです。給料で2、3万とかもらうと、それって中学生にとっては大金で、何に使っていいのかわからなくなっちゃって(笑)。とりあえず着るものにお金をつかってみようと思って、ブランド服を買うようになりました。そのころは青森にセレクトショップがあったので、APE(*2)とかSTUSSY(*3)を着てました。それからUNDERCOVER(*4)がストリート寄りの服を出していたので、Uの下に線の引いてあるTシャツとか買ったりもしました(笑)。ただ、だらだらした服は動きにくくてあまり好きではなかったので、それ以上傾倒していくことはなかったですね。で、高校入学してからギャルソン(*5)に出会ったんですよ!

――コム・デ・ギャルソンの服は、高校生にとっては高すぎませんか?

そう、それまで着ていた服と価格帯が違い過ぎて、自分の収入では手が出せなかったので、おばあちゃんがくれる定期代を服につぎ込んで、高校へは電車を使わずにチャリで通学してました(笑)。青森だと、定期代だけで10何万とかになるんですよ! でも段々、そんなに無理して高い服着なくてもいいかな、と思ったので、普通の格好するようになりましたね。今は自分が着るよりも、人が着ているのを見る方が好きです。ファッションショーとかも観に行くんですが、人ごみに疲れてしまうので、あまり頻繁には行ったりはしないです。でも、ファッションショーの企画とかには興味がありますね。

音環へ

――音環を受験しようと思ったきっかけは?

高校が進学校だったので、大学進学は決めてました。あと、中学からずっと上京したいと思っていたので、東京の大学というのも決めていて。でも将来「これがしたい」という野望もないし、受験勉強をそれほど頑張りたいとも思わなかったので、できるだけ省エネ志向で、とにかく3教科で受験できる所、という感じで色々な大学を受けました。なので併願は私大が多かったですね。で、受かった大学を比較してみて、芸大だったら国立で学費安いし、いいかなーと思って。そういう感じであまりやる気もなかったので、受験したこと自体忘れてたんですよ(笑)。合格発表だいぶ過ぎて、高校の先生から「おまえ、そういえばどうだった芸大」って電話来て、そこで調べて「あ、受かってました」みたいな感じでした(笑)。

――面接の自己表現では何を?

ラジオ体操のテーマをピアノで演奏しました。面接で何を言うかみたいな理屈とかはすごい考えてたんだけど、実際に何をするかとかは前日に決めました。実際の面接では、服が好きだから服の話、ファッションショーとかの話をしました。ピアノは高校卒業まで習ってたんですけど、全然練習していなかったのであまり弾けないです。小学校のころ、グループレッスンのときに先生の話を聞かずにグランドピアノをひたすら舐めていたのを思い出すくらい(笑)。

――どんな音楽を聞いていましたか?

音楽にはあまり詳しくないんですが、とにかくポップでメジャーなのが好きじゃないんですよね…。でも父親がジャズおたくなので(笑)、その影響はあってジャズはわりと聴いてました。でもそれほどジャズ好きというわけではないです。高校のときはクラブに通っていたので、クラブミュージックはたくさん聴きました。そのくらいの時期に、友達に頼まれて、ファッションブランドのwebサイトの音楽を選んだことはありますけど、自分で曲を作るのには興味が無かったですね。

――卒業後についてなにか考えていますか?

うーん…、個人的にはアーティストとして生きていきたいとか、どこか大企業に所属したいとか、そういう野望はないんですよね…(笑)。まあ、普通に暮らせればいいかな、と思っています。

――最後になにか一言お願いします。

受験生はセンター頑張ってください。自己表現は悩むと思いますが、実際面接はそれほど重要じゃないと思います(笑)。 (了 2012年7月)

*1 6% DOKIDOKI:原宿のファッションブランド。 1995年原宿にオープン。「センセーショナルラブリー」をコンセプトに、アパレル、アクセサリーなどを販売。ジャパニーズ・ポップカルチャーの最先端として、ショップ以外にもファッションを中心に演劇とアートの要素を盛り込んだ舞台「ヴィジュアルショー」などのイベントなども開催している。

*2 APE:正式名「A BATING APE IN LUKEWARM WATER」NIGO®が1993年に立ち上げたアパレルブランド。株式会社ノーウェアが展開。服飾を中心としながら、事業展開は音楽や飲食まで多岐に渡っている。

*3 STUSSY:サーフ・カルチャーからスタートしたサーフ&アパレルブランド。日本では主にサーファー、スケーター、ヒップホップ、裏原宿系のファッションの愛好家に人気がある。

*4 UNDERCOVER:高橋盾がディレクションしている日本のファッションブランド。ややパンク調のテイストが特徴。高橋はコム・デ・ギャルソンのデザイナー、川久保玲に影響を受けたと語っている。

*5 コム・デ・ギャルソン(COMME des GARÇONS):コム・デ・ギャルソン社の基幹ブランド。1969年、川久保玲が「コム・デ・ギャルソン」の名で婦人服の製造・販売を開始。1975年に初コレクションを東京で発表。カラフルな1970年代ファッションの中で、黒い服ばかりのコレクションはセンセーションを巻き起こした。1979年には「コム・デ・ギャルソン・オム」として、メンズラインもスタート。1981年、パリコレクションにデビュー。「東からの衝撃」「ボロルック」と称される。

 

履修科目

 

[目次]

当サイトの著作権は各記事のインタビューイ・作成者にありますが、TwitterやFacebookで情報を共有していただけるとうれしいです。
Twitter ID: @onkantecho_2013

音環手帖